
「いつかはカマカを」。世界中のプレイヤーを虜にする、ハワイが生んだウクレレの至宝
ハワイアンミュージックの象徴であるウクレレ。その中でも、世界中の演奏家や愛好家から最高峰のブランドとして知られているのが「カマカ・ウクレレ」です。
1916年の創業から2026年で110周年を迎えるカマカは、ハワイでウクレレを製造し続ける数少ない老舗メーカーであり、現在も家族経営でその伝統を守り続けています。
毎週火・水・木曜日の午前10時30分から行われている無料の工場見学では、熟練の職人たちが一本一本、手作業でウクレレを仕上げていく様子を間近で見ることができます。
今回は、3代目として生産を統括するクリス・カマカ氏に、100年以上受け継がれてきたものづくりの哲学と、カマカのこれからについて話を伺いました。
カマカ・ウクレレの歴史は、創業者サミュエル・カイアリイリイ・カマカ・シニア(サム・カマカSr.)が、1916年にカイムキの自宅地下室でウクレレ作りを始めたことからスタートしました。
当時のハワイは、まだアメリカ合衆国の準州(Territory of Hawaii)。サムはハワイ固有の木材であるコア材を使い、一本ずつ丁寧に楽器を作り上げていきました。
その高い品質はすぐに評判となり、サムは優れたウクレレ職人として知られる存在となっていきます。

カマカの象徴といえる「パイナップル・ウクレレ」
1928年、サムは従来のくびれのある形とは異なる、丸みを帯びた楕円形のウクレレを考案しました。友人たちから「パイナップルみたいだ」と言われたことがきっかけで誕生したこのデザインは、特許も取得され、後に"パイナップル・ウクレレ"として世界的なヒットとなります。
このモデルは、今もカマカを象徴する存在です。
1930年代からは、サムの2人の息子、サムJr.とフレッドSr.が工房でウクレレ作りを学び始め、やがて家業を受け継ぎました。
戦争や時代の変化を乗り越えながら事業は成長し、1959年には現在のサウス・ストリートの工場へ移転。1968年には法人化され、「Kamaka Hawaii, Inc.」として新たな歩みを始めます。
現在は、創業者の孫にあたるクリス・カマカ氏を中心とした3代目の世代が、カマカのものづくりを支えています。

3代目社長クリス・カマカ氏の後ろには先代の父親が描かれた絵が飾られている
「僕が子供の頃、父は約12人の聴覚障害者の方を雇用していました」とクリス氏は幼少期の思い出を語ります。工場で働く彼らと遊び、成長するにつれて多くのことを学んだと言います。
「父は、彼らに『楽器を感じること』を教えたんです。聴くことができないから、バイブレーション(振動)で感じ取ることを教えました。そのバイブレーションが正しいか間違っているかを判断していたんです」。
音を聴くのではなく、振動で楽器の状態を判断する――耳で聴くのではなく、掌(てのひら)に伝わる振動で楽器と対話する。その研ぎ澄まされた身体感覚こそが、今もカマカの品質を支える揺るぎない基準となっています。
「そんな彼らから僕は本当に多くのことを学びました。それが父と一緒に工場で過ごした最も強い記憶ですね」とクリス氏は振り返ります。
また、クリス氏の姉も、木材を乾燥させるエリアでよくかくれんぼをして遊んだと笑顔で話します。工場は単なる生産現場ではなく、家族の思い出が詰まった場所なのです。
現在、工場には15名、オフィススタッフが3名、合計18名の従業員がおり、「良いクルーに囲まれて幸せだよ」と語るクリス氏。まさにオハナ(家族)の雰囲気が工場全体に満ちています。
大量生産の時代にあって、なぜカマカ・ウクレレは今も手作業にこだわり続けるのでしょうか。
「たしかに機械も使っています。機械は、一定の品質を保つのに本当に役立ちます」とクリス氏は語り、続けてこう強調します。
「でも、とても重要なのは、従業員全員が楽器に触れることなんです。先ほどお話ししたように、彼らにとって楽器を聴くだけでなく、感じることが大切なんです。振動を感じることが非常に重要なんですよ」
先代から学んだことを一番の核としていることがよくわかります。
機械の精度を活かしながらも、最終的には職人の手と感覚で一本一本の楽器を完成させる。このプロセスこそが、カマカ独特の温かみのある音色を生み出しているのです。

工場見学では、熟練の職人たちが実際にウクレレを作っているところが見られる
カマカ・ウクレレの製作工程は、厳選された木材の選定から始まります。主にハワイ固有種のコアという希少な木材を使用し、十分に乾燥させることで木材の安定性を確保します。
工場見学では、まずショップで歴史を学び、続いてこの乾燥エリアから工場内へ。木材のカット、成形、接着、研磨、塗装、そして最終調整まで、すべての工程を順番に見ることができます。

カマカウクレレのデザインがプログラムされている機械
機械で精密にカットされた部材も、最終的には人の手で微調整され、一本一本異なる個性を持つ楽器へと育てられていきます。クリス氏が最も大切にしている「聴くのではなく『感じる』」の精神が工場内に息づいており、職人たちは愛情を込めて楽器と向き合っています。
創業者サムSr.が1916年に完成させたオリジナルのボディパターンは、110年経った今も使われ続けており、変わらぬ伝統と、常に改善を続ける革新――その絶妙なバランスがカマカの品質を支えています。
物価高騰や人材確保の課題が深刻化するハワイで、製造業を続けることは容易ではないと想像し、最大の困難について尋ねると、クリス氏は意外な答えを返しました。
「おそらく需要の増加ですね。ウクレレを作るには、たくさんの作業があります。ただ、困難というよりも、時間をかけて質の高い仕事をすることへの献身が必要なんです。幸運なことに、私たちが目指す仕事を理解してくれる良いクルーに恵まれています」。
ウクレレを作ること自体は、信用できるクルーがいるから全く困難ではない。それよりも、物価高騰の中で「ウクレレを弾きたい! カマカが欲しい」という需要を維持・拡大することが挑戦である、とクリス氏は語りました。
実はクリス氏自身もHoʻokena (ホオケナ)というグループでミュージシャンとして長年活動しています。しかし、ウクレレ奏者ではなく、ベーシストなのはなぜ? と尋ねると、「作るのは得意だけど、弾くのはそこまでなんだよ」とはにかむクリス氏。
とは言え、カマカ・ウクレレの責任者として、初めてカマカ・ウクレレを購入する人へのアドバイスを聞いてみました。
「実際に試してみることをお勧めします。なぜなら、みんな違うから。自分にとって快適なものを手に入れたいでしょう。手が小さい人もいれば大きい人もいる。演奏するときに快適で、手に持ったら手放したくないと思えるものがいいんです」
体格や手の大きさ、演奏スタイルによって最適なウクレレは異なる。だからこそ、実際に手に取り、音を鳴らし、自分の体と心にフィットする一本を見つけることが重要というのがクリス氏のアドバイスです。
カマカ・ウクレレは、数多くの著名ミュージシャンに愛されてきました。
中でも有名なエピソードは、ビートルズのジョージ・ハリスンが、コンサート、テナー6弦、テナー8弦など様々なカマカ・ウクレレを演奏し、友人へのギフトとしてマウイの楽器店にあるカマカ・ウクレレをすべて買い占めたこともあったそうです。
ハワイ出身のウクレレの天才ジェイク・シマブクロは、わずか4歳でカマカのスタンダード・ウクレレを演奏し始め、現在も世界中のステージでカマカのテナー・ウクレレを使用しています。
また、アダム・サンドラー主演の映画「50回目のファーストキス」では、サンドラーの仕様でカスタマイズされたカマカの6弦ウクレレが使用され、映画のポスターやDVDカバーにも登場しています。
カマカ・ウクレレには日本に多くの熱心なファンがいます。日本のお客様についての印象を聞くと、クリス氏は笑顔でこう語りました。
「みなさん、とても謙虚で素晴らしいです。たくさんのファンがいて、これからも一緒に前進していけると思うとワクワクします。新しい計画もたくさんあるので、新しいファンも増えるといいですね」
今年の110周年では、7月に開催される「インターナショナル・ウクレレ・フェスティバル」のガラパーティーで、ウクレレ専門店&スクール「Poepoe」の30周年と合同で祝賀イベントを行う予定だといいます。
「100周年の時は日本で大きなイベントをしたのですが、今年の110周年もイベントができたらいいなと思っています」

右は、アウラニ10周年記念 左は、ホクレア50周年記念のコラボレーション・ウクレレ。
カマカ・ウクレレは、近年ディズニー、ホクレア、ジェイク・シマブクロなど、様々なパートナーとのコラボレーション・ウクレレを製作してきました。今年も新たなコラボレーションが進行中だといいます。
「今年はアウラニ・ディズニー・リゾートが15周年で、またコラボが決まっているんですよ。詳細はまだ話し合っている最中ですが」とクリス氏は明かします。
2025年には、ポリネシア航海協会のホクレア50周年を記念した限定版ウクレレも製作されました。これらのコラボレーションは、単なる商業的な取り組みではなく、ウクレレの文化的価値を広め、新しい世代にその魅力を伝える重要な役割を果たしています。

常にフレンドリーに迎えてくれるカマカファミリー。一番右はクリスさんの息子4代目
カマカ・ウクレレの未来についてビジョンを尋ねると、クリス氏はこう語りました。
「優良で強固な安定した会社であってほしいですね。私はそろそろ引退する時期で、息子が引き継ぐことになります。彼があまり心配しなくてもいいように、強い会社にして引き渡したいと思っています。引き続き一貫性を保ちながら、前進し続け、発展していけたらと思っています」
現在、クリス氏の息子も工場で働いており、4代目として準備を進めています。さらに5代目については、「7人の孫がいるんだ。一番上の孫娘はフライトアテンダントになりたいと言っているし、2番目の孫娘はパイロットになりたくて、今フライトスクールで学んでいるんだよ。他の孫もまだ学生だし…まぁ、様子を見ようかな」と目を細めながら嬉しそうに語るクリス氏。
孫たちには継承を強制せず、それぞれの道を応援しながらも、誰かが継いでくれたらいいな、と心に秘めた願いも感じました。
カマカ・ウクレレの工場を訪れると、単に「Made in Hawaii」というラベル以上のものがそこにはあると感じます。ハワイの木材、ハワイの職人、ハワイの文化、そしてアロハの心――これらすべてが一体となって、世界最高峰のウクレレを生み出しています。
毎週火・水・木曜日10時30分からの無料工場見学は、この伝統と情熱を直接感じられる貴重な機会です。ワイキキから少し足を伸ばして訪れれば、お土産物店で見るウクレレとは全く異なる、本物の楽器が生まれる現場に立ち会えます。
現在は英語のみですが、今年は日本語ツアーも開始する予定とのこと。
カマカ・ウクレレ――それは単なる楽器メーカーではなく、3世代、そしてまもなく4世代にわたってハワイの心を世界に届け続ける文化の担い手なのです。

