パールハーバー戦艦ミズーリ記念館に新たな日本語ツアー登場

1941年旧日本軍による攻撃で、太平洋戦争開始のきっかけとなったパールハーバー(真珠湾)。現在はパールハーバ・ナショナル・メモリアルとして、「戦艦ミズーリ記念館」、「USSアリゾナ記念館」、「USSボーフィン潜水博物館」、「パールハーバー航空博物館」と4つの施設があり観光名所となっています。

その中の「戦艦ミズーリ記念館」では、新たに「機関長ツアー」「艦長ツアー」の2つの日本語ツアーが始まりました。

戦艦ミズーリとは

ニューヨークの海軍造船所で1944年に完成し、進水。「マイティーモー」の愛称で米国民には親しまれています。太平洋戦争では、硫黄島や沖縄戦に参戦。朝鮮戦争の後一度退役し、30年間休息します。その間に装備を大幅に改修し、近代化され、そして、湾岸戦争で復役。1992年に再び退役し、「最後の戦艦」と呼ばれています。1999年から現在のオアフ島パールハーバーのフォードアイランドに係留し、記念館として保管されています。

一般見学の際もぜひ無料の日本語ツアーを!

戦艦ミズーリ記念館では毎日午前8時〜4時まで開館しており、日本語ガイドが常駐しています。来館後か艦上にあがってすぐのところにあるカウンターで「日本語ツアー希望」と伝えると案内してくれます。所要時間は約35分ですので、最初に日本語ツアーに参加した後に、艦内を自由に巡ると楽しさ倍増です。

学校の歴史の授業では習わないたくさんの秘話が聞けますよ。

こちらは降伏文書調印式で実際に行われた場所で、当日起きたある奇跡の一致の話しや、マッカーサーがアドリブでしたスピーチの話し、まさかの降伏文書のある間違いについて話が聴けます。

マッカーサーは降伏調印式に向けてある2つの演出を施しました。こちらはその一つで、昔のアメリカ国旗を用意させたのです。一体これにはどんなメッセージを込められているのか。ぜひツアーに参加して秘話を聞いてみてください。

さらに、神風特攻隊の突撃した痕も見ながら、当時アメリカ兵が行った日本兵の軍葬にまつわるエピソードも聴けます。

新たに2つの日本語ツアー開始

2023年11月より新たに2つのアップグレードツアーが開始しました。いずれも一般公開されておらず、ツアーに参加しないと行けないエリアになっています。2つともに10歳以上から参加可能で、1日定員10名限定になります。

1. 機関長(チーフエンジニア)ツアー

アメリカの歴史上最大で最速の戦艦ミズーリは、太平洋戦争時代は134名の士官と、2400人の志願水兵たちが乗っており、そのうちの500名以上の船員が必要とされたエリア。一体どうこの巨大戦艦を動かしていたかがわかるツアーです。

まずミズーリ集中防御区画内の艦首の第2砲塔と艦尾の第3砲塔を結ぶ”ブロードウェー”へと向かいます。約76mにもなる通路をじっと見ているとまるで鏡の中にいるような不思議な感覚に陥ります。

壁にある電気コード。照明がついている時は色でわかりますが、暗闇の中でもちゃんと間違わずに正しいところにつなげられるように工夫してある点などを説明してくれます。

こちらは3階構造の第4ボイラー室で、戦艦を動かすためのエネルギーを生み出す仕組みを学びます。当たり前ですが、車のエンジンをかけるような簡単なものではなく、まず不純物がないかなどの確認作業から点火まで3時間、船が動く動力ができるまで10時間以上かかると言います。

続いて第4エンジンルームへと移動し、30ノット(時速55km)以上も出る巨大戦艦のプロペラ動力の仕組みを学びます。

先述したように、30年の休息の間に装備を近代化していますが、それでも尚この戦艦の心臓部にあたる機関室は大勢の人の手が必要であり、またエアコンもなく、戦艦が動きだすと50℃くらいに気温があがり、騒音もひどく過酷な労働環境だったことがよくわかります。

第4エンジンルームで見かけたアート。艦内にはこのような船員が描いたクルーアートが80個あるんだそう。過酷な労働環境の中でも船員たちの小さな楽しみだったんだろうなと想像します。

ツアー最後は、16インチ砲と5インチ砲を操作した射撃管制室で、貴重な1930年台のアナログコンピューターを見ることができ、さらに、主砲発砲のトリガーも引くという体験もできます。実際には発砲音はこの射撃管制室には聞こえないそうで、モニター越しに自分がひいたトリガーによりどんな風に発砲されているかが見られるようになっています。

2. 艦長(キャプテン)ツアー

20名の歴代艦長のみが使用を許された部屋や、トップシークレットだった場所も含め戦闘に関する重要な箇所を巡るツアーです。

まずはレディオセントラルと呼ばれる無線通信室へ。洋上での安全確保など航海に必要なコミュニケーションをとる部屋で、モールス信号で送られてきたメッセージを解読し、まずオフィサーに送られ、その後艦長に伝えられます。ここはトップシークレットの部屋のため、入口のドアには小さな格子付き窓がついており、他の船員が尋ねにきた時は、まずこの部屋が見えないようにカーテンをひいてから、その窓越しで会話をしたと言います。

機密情報がたくさんあるこの部屋では、もし敵国から襲われた時は全て破壊できるように斧やハンマーが備え付けられていたそうです。

続いては、艦長のプライベートなエリアであり、大統領をはじめとする要人たちをもてなすために使われた部屋「インポート」キャビンへ。飾られている肖像画は、第33代トルーマン大統領。この戦艦ミズーリの名前をつけたのは、トルーマン大統領(当時上院議員)の娘であり、第2次世界大戦が集結し、降伏文書調印式の会場に戦艦ミズーリを選んだのもトルーマン大統領でした。戦艦ミズーリの大きな支持者であったと言われています。

次は「戦闘指揮所」へと案内されます。ここでは、湾岸戦争の際に発射されたトマホークミサイルなど近代兵器を操作するための機器があります。

デスクの上にある赤い電話は、通話する時には自動的に暗号化されたそうです。

戦闘中は、外に光が漏れないように照明を落として作業をしていたそうです。

また、青色の照明にすることで、兵士たちの心を落ちつかせるようにしていたと言います。

最後に行くのが、この写真に映っている戦艦ミズーリの有名な主砲の砲塔内部になります。ちなみに、この主砲は37km飛ぶそうで、パールハーバーからノースショアまで 軽くひとっ飛びだそうです。

主砲の巨大さとは裏腹に、砲塔に入るのにまず中腰で狭い階段を昇り降りしないといけず、中も天井が低く、とても狭く感じます。ガイドさんも中に入らず階段に立ちながら、主砲の仕組みを説明しています。

主砲の内部も見ることができます。この砲弾のレプリカは、甲板に行くと主砲の真下にも展示されていますが、こちら1個重さ約1トンだそうです。

ツアー最後に、砲弾を実際に詰めて、発砲している当時の様子や、映画「バトルシップ」の舞台として使われ、その撮影風景の映像を見て終了となります。

来館時の注意事項

パールハーバー・ナショナルメモリアルでは、セキュリティの関係上、ポケットに収まる小物、または中身がみえるクリアーバック以外のかばん類の持ち込みは禁止されています。

持ち込み禁止のものをお持ちの場合は、入口右手にあるバゲージ・ストレージ(手荷物一時預かり所)で有料($7/個、スーツケースサイズの手荷物$10/個)に預けます。

写真のように、クリアバックに中身が見えるように入れれば大丈夫ですので、このようなクリアバックを用意するのをおすすめします。

持ち込み可能なもの
財布、携帯電話、ペットボトルなどキャップの付いたボトル類の飲み物、カメラ、ビデオカメラ、ジャケットなどの衣類、車椅子、ベビーカー、杖、傘、持薬
服装
水着での来館は禁止されています。また、急な階段の上り下りをするためミニスカートも避け、つま先が隠れた靴での来館をおすすめしす。
戦艦ミズーリに行くには

パールハーバー・ビジター・センターに入ったら右手に進み、シャトルバスの停留所に向かってください。15分おきにシャトルバスが出ています。またシャトルバス内での撮影は禁止されています。

チケット窓口でチェックイン

ツアー開始時刻の15分前までにチェックインが必要です。(機関長ツアーは9:15amまで、艦長ツアーは10:30amまで)

戦艦ミズーリの乗艦口の手前にあるチケット窓口にて、予約票を提示し、ツアー用リストバンドを受領後、ご来艦ください。または、この窓口でチケット購入も可能です。

集合場所

どちらのツアーも集合場所は、上級士官食堂になります。リストバンドが参加者の目印となりますので、必ずツアー前に、チケット窓口でチェックインをお済ませください。

ABOUT WRITER
Miki Cabatbat

フリーランスライター&ポッドキャスター。ハワイ在住歴12年。東京のラジオ局勤務時に、ハワイから特番を放送したのがきっかけでハワイ好きに。2010年に意を決してハワイ留学をし、その後結婚し定住。2004年からはフリーランスライターとしても活動を始め、さまざまな雑誌/書籍/Web等で執筆。

Podcast 「ハワイの主婦発信★海外生活リアルRadio」配信。2021年11月 Kindle本「アフターコロナの海外留学 : ハワイ生活案内」をリリース。